太子・龍野
(かみやまぼうくうごう)
場所・姫路市仁豊野


未成年立ち入り禁止!
足腰や心臓の弱い方、虫の嫌いな方、度胸と覚悟のない方、
一般的な常識と分別と配慮のない方、立ち入り禁止!


姫路の中でも秘境中の秘境、それが上山防空壕です。

何せ作られた経緯がすごいです。
並の防空壕じゃありません。

何故ならこの防空壕。
人用のものじゃないからです。

車輌用?
航空機用?

いえいえ。

地下軍需工場用です。

第二次大戦末期、米軍の本土空襲に日本中が怯えていた頃、
現在、マリア病院の場所にあった須鎗鉄工は、一生懸命、爆弾を作っていました。

元々は冷凍機械なんかを作っていたそうですが時代の波に逆らえず、最需要商品に手を出すあたり、
経営者の悲哀を感じないでもありません。
まあ、当時はウハウハの夢心地だったのかもしれませんが。
(それでも戦後はたまごっちを大量在庫したバイヤーの気分でしょうけれど)

そんな須鎗鉄工への親方日の丸のバックアップは相当なもので、
学徒動員の人材を湯水のように提供され、飛躍的に規模を拡大しました。

しかし・・・あまり大っぴらにやっていると米軍の空襲の対象になってしまうのではないか・・・

経営者の不安は、手を広げすぎた偽ブランド販売業者のように日に日に募るばかり。

どうしたものか・・・!?

そして経営者はあるグッドな妙策を思いついたのです。

「地下に工場を作れば、空襲で焼かれることもないじゃないかっ!」

多分、それほどよく考えずに着工されることになった地下軍需工場建設計画

何故、浅はかだという確信があるかというと、この工事、こともあろうに手掘りで始められたからです!

そりゃ学徒動員やらで、人手に困らなかったんでしょうけど、
本気で作るつもりだったのか、正気を疑う工程です。
だって昭和ですよ?
江戸時代や室町時代じゃないんですよ?
つるはしスコップで建った工場が世界中の何処にあるって言うんですか!!?

案の定、この地下軍需工場建設計画は途中で中止される憂き目をみることになりました。
終戦のせいかも知れませんが、ともかくもそんな壮大な計画の跡地上山防空壕なのです。

さて情報源の「姫路の山々」の記述を頼りに、
関西自動車学校にやってきました。
ここから増位山の方にある広峰坂を登ってすぐ・・
となってますけど、
現在、広峰坂は採石場になっちゃってます。
とっても私有地っぽいので容易には入れません。

かといって山の茂みに踏み込もうにも
川(仁豊野大谷川)が行く手を遮っています。

・・・・まずは道探しです。
しかし上山の麓にはショーワの工場が立ち塞がっているため、
312号線を矢内食品の前まで南下するコトに・・・。
312号線は交通量が多く、
他に支線がないため市内屈指の渋滞ポイント。
自転車とはいえ少し危険がつきまといます。

やっと山に向かっている道を発見。
意外と立派な踏切に期待が膨らむってもんです。
すると突然、サイフォンなるものが眼前に現れました。
無学な僕にはどんなものか想像もつきませんけど、
市川に通じているあたり、
配水施設みたいなもんでしょうか?

ともかくここでまた行き止まり。
・・・・さすが秘境
道がありません。

しかしここであきらめるわけにもいきません。

ここは柔軟に発想の逆転といきましょう。
こう考えれば万事解決です。

川が行く手を遮っているなら、
その川を行けばいいじゃないか。


ちょうど一直線に山沿いに伸びていますので、
まっすぐ北上すれば、防空壕まで辿りつけるはずです。

さあ、藤岡弘探検隊なノリになってきました。
もちろん階段なんて親切な設備はないので
無防備に飛び降りてみます。

姫路の小川は川底までコンクリートで
固められているところが多いため、
土砂やヘドロが堆積して、
とても子供が遊べるような現状にないところが、ほとんど。
ここもご多分に漏れず酷い状況ですけど、
がないのが救いです。

しかし水かさが多いところで
靴を濡らさないようにと持ってきた自転車が、
ただのお荷物になってしまいました。

こんなことをするから一年に一回、
自転車を買い換えるハメになるんです。

少し進むと、コンクリート剥き出しの川底がお目見えです。
砂が流れ出さないようにするための凸凹のはずですが、
砂が積もった形跡がありません

設計ミス?

素人にわかる範疇ではありませんので割愛。
まあ、歩きやすい道ってことでしょう(道違う)。

しかしどこまで行っても同じ光景。
「姫路の山々」の地図は曖昧なので、そろそろ山に登ってみようかと、
身体を山肌に乗り出した瞬間・・・・

目の前に見覚えのある箱が・・・・

しかも下の方からワサワサと無数の物体が
翅を羽ばたかせて、出てきます。

しかもそれがスローモーションで具体的に見えるんです。
道路の真ん中に飛び出した猫の気分がよく解りました。

ともかく川に逆戻り・・・。
ホントに藤岡弘探検隊みたいになってきました・・・。
これで僕も野生を失うことはない?
よく見ると道沿い(川沿い)に無数に配置してあります。

山へ登らせないようにする
自然を利用した要害
でしょうか?

しかしこのミツバチの蜜をどうやって収穫(ハーヴェスト)するんでしょう?
いつもいつも川に降りているわけではないはずです。
すると・・・・山側にも道がある・・・?

さあて、多分に高い確率で当たっている予測に振り回されるのも、
なんか悲しいので、涙を飲んで先を進むコトにします。
すると広峰坂の採石場まで着いてしまいました。

行きすぎた?
 
多分そうなんでしょう。
確かにさっき分かれ道(川)がありましたから・・・

引き返すと山側に確かに道(川)が・・・
正規ルートとおぼしき左側を行かなかった理由はただ一つ。
あきらかに通行不能だったからです。

これぞ藪ですね。
下が川の帯。
何が住んでいても不思議ではありません。
探検隊名物、蛇の襲来も当たり前のようにありそうです。

でも行きます。
其処に道があるならば!(道違う)
背に腹は代えられません。

しかしほんの少し行ったところで左手の山肌に
一際目立つ黄色いテープが・・・
Keep Out!!

ついに辿り着きました。
上山防空壕です。

鹿児島で中学生4人が防空壕で、
一酸化炭素中毒死した影響
ですね。
意外と真新しい「立ち入り禁止」のテープが貼られています。

そのおかげで発見出来たんですから
皮肉と言えば皮肉です。
かえって目立っちゃってます。
お上の意向を汲んで、外から内部を撮影。
持ってきた大出力LEDライトで容易に奥まで見渡せます。
深さは15m〜30mぐらいに見えます。

手掘りらしく、壁はおざなりな凸凹具合です。
しかし触っても岩盤が崩れるコトはなく、
相当硬い岩面だったことが窺えます。
そんな所を手掘りしようとしていたあたり
ホントに計画性のなさが顕著
ですね。
作業に従事していた方々の苦労が忍ばれます。

ビュッ!!
突然、一陣の風音が防空壕の中から激しく響き渡りました。
もしかして・・・この奥も続いている?
そして、どこかに繋がっている?
淡い期待が胸を躍らせますが、風の正体はすぐわかりました。

イソップ物語の主役、
獣にも鳥にもなれなかった暗闇の使者
です。
ほんとに無数にいます。

どの天井を見てもぶら下がってます。
今まで見たことのない頭数です。

どれだけ人が寄りつかないか
これだけでもわかるってもんです。

暗闇で適度の湿気もあるのに、
椎茸の栽培場
にならなかったのは、
やっぱり後ろ暗い過去のせいでしょうか。

姫路市内には無数に防空壕があり、
場所によっては一家に一つ
テレビや車みたいに設置されていたそうです。

その中でも最も異色の上山防空壕。

現状をみて・・・・一番気になるのはどの時点で、
掘るのをやめたかです。
きっと手掘りの途方もなさに気付いて
中止にしたのだと信じています。

終戦までちゃっかり続けていた
なんていうコトはないですよね。

きっと。
2008年7月!

ふぐもちさんのレスのとおりでした!

上山防空壕がなくなってしまいました。
かろうじて見つけたのは、こちらのテープ跡のみ・・・

がけ崩れがおきたのか?
場所的に重機は入れられないので、
発破をかけて崩されたか?

いずれにせよ、もう跡形もありません。
山自体もすっかり整備されていました。

丸山公園の防空壕といい、
戦跡はどんどんと肩身の狭い思いをしてます。

なぜなんでしょう?
危険だから?
なら同じ穴の古墳は同じく保護されるのでしょうか?
練炭焚いたら、どっちだって一緒なのに・・・

負け戦さだからこそ、
その戦跡は保護していくべきだと思うのです。
こんな悲惨なコトに手を染めてでも戦えるか?
映画や漫画じゃ味わえない生々しさは、
やっぱり現場にしかありません。

戦跡はかっこ悪いから隠したい、残らない。
でも戦跡はかっこ悪いから、残すべきだと思います。


穴場スコア「トリプルボギー」クラス。

よろしければ一度はハマッて見て下さい(自分の行動に責任のもてる大人の方のみ)。

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撮影:2005.6 by 穴居人